エピソードF-1.01
| 遠くに、黒い雲の塊があるのを彼は目聡く見つけていた。 | |
| ファイディ | 「…顔占い、また当たったなぁ……。」 |
| ファイディは大きくため息をつくと、白いシャツを引っつかみ、1階へと続く階段に足をかけた。 | |
| その横で、同居人の陽蘭は寝巻きを脱ぎ箪笥から服を取り出している最中だった。 | |
| ファイディ | 「…聞かないのか?陽蘭。」 |
| 陽蘭 | 「なにを~?あぁ。なんの夢見たの、とか?」 |
| 陽蘭は太ももまである靴下を履いた。 | |
| 陽蘭 | 「…忘れられないんでしょう?あの人たちを。だからここに家を建てて、待ち続けているの。違う?」 |
| そして木靴を履く。 | |
| 陽蘭 | 「私だって、死んだと思ってないもの。だからここで待っているの。私は月の女神を。貴方は蒼き勇者をね。」 |
| 鏡に向かい、髪を結う。彼女の朝一番に行う全てだ。 | |
| これで陽蘭は着替えを終了し、その日一日を始められる。 | |
| ファイディへ鏡越しに、寂しそうに微笑む陽蘭。 | |
| 陽蘭 | 「夢、4年前の両雄相打つ瞬間の光景でしょ?あんなの、誰も忘れられないわ。」 |
| 陽蘭はベッドから立ち上がり、階段のそばで落ち込むファイディのそばへと近づいていった。 | |
| そして、勢いそのまま彼の頬にキスをし、ファイディより先に階下へと下りていった。 | |
| 陽蘭 | 「ほら!朝からしゃんとなさい、しゃんと!!牛のハナコがお腹空かして待ってるわよ~!!」 |
| 二人は生計を立てるため、乳牛のハナコと闘牛のタロー、その2頭の仔チビとミニを飼っていた。 | |
| ハナコの乳は上質のチーズになり、タローは連戦連勝の横綱牛だった。 | |
| 陽蘭 | 「ファイディー!コーヒーに入れるミルクがないわーーー!!」 |
| ファイディ | 「へーいへい。今日もハナコにはがんばっていい乳出してもらうとしますか。」 |
| 朝は朝。 | |
| いつもどおりの朝は今日もやってきたのだ。 | |
| 二人は4年前は敵同士だったはずだった。 | |
| 何の因果かはわからないがこうやって二人一緒に暮らしている。 | |
| もう帰ってきやしないであろう、大好きだった友人二人を待ちながら。 | |
| ファイディの朝は早い。 | |
| まずは牛一家の朝食を用意するため、日が昇り始める前に起きる。 | |
| 牛たちには元気よく暮らしてもらうために市販の飼料は使わず、自分で育てた麦・とうもろこし・さつま芋などを少量。後足りない分は家の前にあふれる牧草を食べさせていた。 | |
| 牛たちが朝ごはんを反芻する音を聞きながら、ファイディはハナコの乳を少し分けてもらい、それを陽蘭のいる台所に預け、地下へと下りる。 | |
| 地下には生計を支える良質のチーズが並べられており、それら全ての熟成具合を品定めするのだ。 | |
| 時に必要ないカビがつかないよう丁寧に磨き上げる日もある。 | |
| それが終わると外に出て、牧草を刈り上げてゆく。牛たちの冬の食料を今から蓄えてゆくためだ。 | |
| そして畑に水をやり、雑草を引っこ抜いて朝の仕事は終わりである。 | |
| 陽蘭 | 「お疲れ様。はい、朝ごはん。」 |
| ファイディがテラスに腰掛けるのを待ってましたと言わんばかりに、陽蘭が朝食をテーブルに並べ始めた。 | |
| ファイディ | 「お、今日はきれいに焼けたなぁ。」 |
| ファイディはこんがりと焼きあがったトーストを手に取った。 | |
| ファイディ | 「…見事に片面だけ……。」 |
| トーストの裏面はどうしてか炭と化していた。 | |
| 陽蘭 | 「…4年かけて、やっと片面よ…。」 |
| がっくりと肩を落とし、陽蘭はナイフをファイディに差し出す。 | |
| ファイディは受け取ったナイフで炭を削ぎ落とし、今まで見たことのないジャム(らしき)物がたっぷり塗られたトーストを口一杯にほおばった。 | |
| ファイディ | 「グェフッッ!!」 |
| 突然、ファイディは毒にあたったかのように、ほおばったトーストを吹き出した。 | |
| 陽蘭 | 「ど、どうしたの!?」 |
| 陽蘭は噎せるファイディの背中を摩ってやった。 | |
| ファイディ | 「……な、何を塗った…。」 |
| ファイディはトーストを指差した。 | |
| 陽蘭 | 「何って、イカの塩辛。昨日、買って来てくれたじゃない。」 |
| 確かに先達てファイディは陽蘭に頼まれ、イカの塩辛(赤造り)を何とか手に入れていた。 | |
| ファイディ | 「…塩辛はお酒の御供に……。」 |
| ファイディの中で、イカの塩辛はジャム代わりは勤まらなかった様だった。 | |
| 陽蘭 | 「こんなに美味しいのに。」 |
| 陽蘭は何事もないようにトーストをほおばり、ご馳走様と両掌を合わせた。 | |
| 大量の水で口を濯ぎ、ようやく立ち直ったファイディの耳に、聞きなれた単車の音が聞こえてきた。 | |
| ファイディ | 「そっか。もうそんな日かぁ。」 |
| ファイディは立ち上がり、眼を凝らし遠くからやってくる赤い単車の姿を捉えた。 | |
| 陽蘭はカレンダーに眼をやり、今日の日付に大きく赤丸が書かれている事に気がついた。 | |
| 陽蘭 | 「あら、郵便配達の日だったのね~。今日はどこから仕官を求められるかしら?」 |
| 陽蘭は悪戯っぽくそう言った。 | |
| 前大戦を生き抜き、尚且つ部隊『蒼』に属していたファイディのネームバリューは凄まじい物があった。 | |
| 彼がその国に仕官したとなれば、それこそ国家安泰どころか世界制覇も夢ではなかった。 | |
| エピソードF-1.01、了。 |
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