プロローグA-1.00
| 少女はワクワクしながら葉書と封書を真っ赤で四角い箱に投函した。 | |
| 高校2年生の夏。 | |
| 普通の高校生ならば、普通に暮らせる長期休暇。 | |
| だが、彼女にはその普通が誰よりも羨ましかった。 | |
| 彼女の名はイクス・クロノ。 | |
| 過去に風の都と呼ばれた『ラ・ピュタ』という国に暮らす16歳の少女だ。 | |
| 彼女は生まれたその日から戦場に暮らし、“大戦”が終わったその後も戦後処理に世界中を奔走していた。そう、彼女は高校に在学しながら軍事機関にその身を置き続けていたのだ。 | |
| イクス | 「よし、あとはお買い物だけ!何買っていこっかな~?」 |
| 一通は軍へ。 | |
| 先日(といってももう半年以上前の話だが。)、ある手柄からひとつだけ、願いを叶えると軍上層部と約束を取り付けたのだ。 | |
| 彼女にとって一番の願い。それは家族全員での長期旅行だった。 | |
| 軍上層部はその願いを快諾。他に軍に身を置く家族全員の分をも認め、彼女たちに休暇を認めたのだ。 | |
| 軍に送った封書は形だけの休暇願いだったというわけだ。 | |
| では、もう一通の葉書は? | |
| イクス | 「お兄ちゃんには何買ってこぅ~。あ、『イクス、わざわざここまで尋ねてきてくれた君が一番のお土産さ。』な~んて。うふふ!」 |
| 彼女は上機嫌で商店街を闊歩していった。 | |
| 両の手には、長期旅行のための缶詰、レトルト食品、水、着替え、下着.......etc。 | |
| 大量の買い物のレジ袋が提げられていた。 | |
| 大量の買い物を両手に、自分の世界に浸っている彼女は一種、異様であったろう。 | |
| もう一通の葉書。これは、彼女の兄である人物の家に宛てて送られていた。 | |
| 彼女と兄は、もう4年以上も会っていなかった。 | |
| 彼女の兄は4年前のあの日から、歴史の表舞台に立つことなく隠匿の生活を送っていたのだった。 | |
| その生活拠点は人里から2週間という、その手の人たちからは好立地と噂される所に住んでいた。 | |
| そこに向かうために長期休暇を願いで、そして兄に宛てて葉書を送ったのだった。 | |
| イクス | 「きっと、家族が2人も増えたことに驚くよね。なんて説明すれば良いかな。あの人たちの子供です!って言っても信じてはくれないよね~…。」 |
| 西地区B-72。我が家の前で彼女は思い悩む。 | |
| 先日の手柄と同時に、彼女には9歳の弟と妹が出来てしまったのだ。その生まれが特殊であるため、兄になんと説明してよいのか判らないでいたのだ。 | |
| レイク | 「あれ?ねーちゃん、今日はもう仕事終わり?」 |
| イクス | 「うん?あら、レイクの方こそもう学校終わったの?」 |
| 彼女が思い悩み、玄関先に立っていたところに、黒いランドセルを背負った弟が帰宅した。 | |
| レイク | 「明日から夏休みだから半日。」 |
| 突然出来た弟、レイクは彼女の荷物を半分持ち、玄関のドアのノブをひねった。 | |
| イクス | 「あ、そっか。小学校は明日から夏休みなんだったわね。…ユーリアは?」 |
| リビングのソファに荷物を積み上げ、レイクと一緒に帰宅しなかった妹を心配した。 | |
| レイク | 「じーちゃんただいま。おやつは~?」 |
| レイクは地下室に向かって大声で叫びつつ、冷蔵庫内を物色する。 | |
| イクス | 「レイク!僕の問いの答えは!?」 |
| レイク | 「…うぁ、怒んないでよ。友達とカフェ寄ってから帰るって。」 |
| 突然怒鳴られたレイクは牛乳片手に、妹・ユーリアの所在を明かした。 | |
| イクス | 「…ッチ、お小遣い制にしようかしら。」 |
| レイク | 「意味ないだろうね。ねーちゃんたちからお金を捻り出すのがユーリアの特技みたいなもんだし。」 |
| 二人は同時に大きなため息をしていた。 | |
| ユーリアの趣味、「食べ歩き」は我が家の家計をかなり圧迫していると、わかっている二人のみがわかる悩みだった。 | |
| ヨハネ | 「どうした、二人とも大きくため息ついて。」 |
| 一家の長、ヨハネ・アインズバーグがオイルまみれでようやく地下室から這い出てきた。 | |
| その足取りは軽く見えるが、とうに60の齢を軽く超える年齢を刻んでいた。 | |
| イクス | 「何でも…。」 |
| レイク | 「…な~いよ。」 |
| ヨハネ | 「ほっほっほ、まあニューお手製のクッキーでもつまみながら3時のおやつとしようじゃないか。のぉニューや。」 |
| ヨハネはリビングの隅に置かれたコタツをポンポン、と2度ほどノックした。 | |
| ニュー | 「うに~?クッキーなら食器棚の2段目なの~。」 |
| と、コタツからひょっこりとニューが頭を出して見せた。寒がりの彼女にとって真夏とはいえ、クーラーがキンキンに効いた家の中は冬と代わりがないらしいのだ。 | |
| ラムダ | 「ふわ~…おっはよ~…。」 |
| 一家の長女、ラムダが二階からゆっくりと下着一丁で降りて来た。 | |
| 夜のバーを出入りする彼女にとって、今起きてくることは珍しくはないことだった。 | |
| ミュー | 「ただいま帰りました。イクスさん、わたくしの分の休暇願い、出しました?」 |
| 一家で一番の秀才肌、ミューが夜勤明けで帰宅した。 | |
| ラムダ/ニュー | 「休暇願い?」 |
| それまで寝ぼけていたニューと、レイクが注いだ牛乳を飲み干したラムダの目がパッチリと覚めた。 | |
| イクス | 「うん、みんなの分の休暇届、出したよ。あ!でさ、みんなに聞いて欲しいことがあるんだけど。」 |
| イクスは全員をリビング中央のテーブルそばに呼び寄せた。 | |
| カランカラ~ン♪ | |
| 小気味良く、玄関に取り付けられたカウベルが末娘の帰宅を伝えた。 | |
| ユーリア | 「たっだいま~!!……あれ?一家が全員そろってる……。めっずらし~…。」 |
| 桃色のランドセルを担ぎ、一家の末娘ユーリアが帰宅した。 | |
| そしてはたと足を止める。 | |
| 一家総出の出迎えがそこにはあったのだ。 | |
| ユーリア | 「…なに?何かあったかしら…?」 |
| ユーリアは上機嫌のイクスに気付くと、ふと気がついた。 | |
| ラムダとニューにお金を借りたことが、イクスにばれたのだと。 | |
| イクス | 「ユーリア、お帰り。ちょうど良い時に帰ってきたね。話したいことがあるんだけど。」 |
| とイクスがユーリアを手招きした。 | |
| 勿論、ユーリアには彼女の表情がわなを張って待ち構えているように見えたのは言うまでもないだろう。 | |
| ユーリアは踵を返し、さっさとその場を逃げ出そうとした。 | |
| が。すぐそばにいたミューが彼女を抱きかかえ、リビングのソファに座らせてしまった。 | |
| イクス | 「あれ?ユーリアどうかした?すごい汗…。」 |
| イクスはやさしく、冷や汗をかき続ける妹を気遣った。 | |
| ユーリアにはそれもまた、罠に思えてならなかったのだが。(彼女にとって)事態は好転する。 | |
| ヨハネ | 「イクスや、話とは何だね。」 |
| ヨハネのその一言が、イクスの目線をユーリアから引き剥がす事となった。 | |
| イクス | 「ああ、その事?あのさ、長期休暇を使って、みんなで旅行に出ない?ほら、渡航許可証も全員分。」 |
| イクスは大きな封筒から、ここ最近なかなか取れない渡航許可証を取り出して見せた。 | |
| ---ここ『ラ・ピュタ』は近隣諸国との友好関係がうまくいき、商業目的で国外に出てゆく人間が増えていたため、ここ最近は逆に渡航許可の出し渋りを行っていたため、なかなか旅行目的の許可申請は通らないでいた。 | |
| そのため、この許可証は非常に貴重なものであった。--- | |
| ラムダ | 「おお!!“仕事”以外で国外に出れるなんて私、初なんだけど!」 |
| 諜報機関に勤め、夜の世界を渡り歩くラムダが最初に喰い付いた。 | |
| 勿論、軍部の諮問機関に勤めるミューも、研究部門に勤めるニューとヨハネも喰い付いた。 | |
| イクス | 「今後の予定、聞かずに決めちゃったけど予定あった?」 |
| イクスは研究機関の所長を勤め、一番忙しいであろうヨハネに聞いた。 | |
| ヨハネ | 「かまやせんよ。予定なんて遅らせばええ。結局のところワシの研究は軍事目的だからな。」 |
| レイク | 「僕、サッカークラブに入るって、町内クラブの監督と約束しちゃったんだけど…。」 |
| オズオズと、レイクはイクスに今後の予定を打ち明けた。 | |
| イクス | 「うわ、ゴメ~ン!1ヶ月だけ我慢して!ね?家族全員で旅行なんてこれっきりになっちゃうと思うしさぁ。」 |
| イクスは弟に手を合わせて頼み込んだ。 | |
| そんな事をしなくてもレイクが断ることの出来ない子である事は誰もがわかっていることだった。 | |
| 渋々だがイクスの「これっきり」という言葉に負け、クラブの監督に家族旅行の件を伝えに行こうと、玄関のドアノブに手をかけた所……。 | |
| ミュー | 「レイク、ついでですみませんがこのままでは医療キットが少々心もとないので購入してきてくれますか?」 |
| と突然、レイクはイクスが買い込んできた買い物袋をしげしげと眺めていたミューに呼び止められてしまった。 | |
| ラムダ | 「お。酒たんないじゃないのよ~。レイク、頼める?」 |
| ミュー同様に、買い物袋を物色していたラムダが彼を引き止める。 | |
| ニュー | 「あ。ツナ缶がワンセットだけしかない~!!レイク、あたしの分もお願い!」 |
| レイクは慌てて姉たちに抗議しようと、玄関先からすっ飛んで引き返してきた。 | |
| レイク | 「ちょ!待ってよ、僕はクラブ入会を1ヶ月伸ばしにいくだけ………!!」 |
| ラムダ | 「んじゃ、頼むワ。」 |
| ニュー | 「うに、おねがいぃ~。」 |
| ミュー | 「よろしく。」 |
| レイクは姉達からそれぞれ、お買い物メモを手渡されてしまった。有無を言わさずに。 | |
| ヨハネ | 「…主人公とは、そんなもんだて。」 |
| ヨハネはレイクを優しく諭した。 | |
| それを聞き、我らが主人公レイクは大きく肩を落とし、買い物の準備を始めた。 | |
| 女系のアインズバーグ家において、男性の地位向上は一生ないかもしれないと思いつつ…………。 | |
| レイク | (待てよ…。お金も俺持ちか…?) |
| エピソードA-1.00、了。 |
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